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3.文書蔵の三階へ
(清水歴史探訪より)
そして三階への階段です。さらに急になりますね。
さあ三階は真っ暗です。
「あ、これは昔からの『明り取りの窓』なんですか?」
「そうです。ここは小さい窓なんですが、三階に上っていると、下に誰が来たかとか、足音ですぐにわかります。」
「そうなんですか。」
「三階層にも同じような------。ここが畳の部屋で、床の間がついた和室なんですが、ここに、一番大事なものが保管されています。」
「ちょうど、畳九畳(じょう)敷きですね?」
「そうです。昔は、もっといろいろな向きの畳になっていて、下にちゃんと畳の向きが、書いてある番号が、ついているのですが、今は簡単な軽い畳を、九畳敷いてあります。」
「だいぶ天井が高くなりました。」
「大きな梁(はり)が、ドーンとあります。」
「太いですね。人間の体ぐらい・・・いやもっと太いでしょうか。梁(はり)が、ドーンと一本通っていますね。」
「あそこにもお札があります。この蔵の守り札です。南無妙法蓮華経と書いてあります。」
「ここは、普通のお宅みたいな感じなんですけれども、ただこの梁(はり)とかは、ものすごい太さですね?」
「そうですね。だから、ここに座って、先祖がいろいろな調べものをしていたのでしょう。ただ襖(ふすま)は、今、ちょっと残念ながら破かれております。なぜこうなったかというと、元々は、丸山応挙の絵が全部貼ってあったそうです。それを明治に入って、私たちの家(うち)は疲弊していきますので、それで親戚の人が切って売りに行ったそうです。たぶん、二束三文で売ってしまったと思うんですが、残っていれば大変素晴らしかったと思います。」
「今、これ残っているものにも、なにか文書のようなものが?」
「これは、貼ってある下張なので、いらなくなった紙なのです。しかし、専門の先生が調べる時は、これを一枚一枚剥して調べるそうです。」
「もしかしたら、何か貴重なことが書いてあるかもしれない?」
「どうでしょうね。」
「それは調べてみないと?」
「借金の証文みたいなものかもしれないですね------。ところで、これは、この蔵を建てた人の日記が、保管されている箱なんです。この日記は、特殊構造建築の三階部分に、桐の箱の中に入っているんですね。さらに、藍染の表紙で特別な和紙を使っているので、200年くらいたった今でも、全然、虫一つ食わない綺麗な状態で読めるわけです。」
「確かに、色は多少黄色みがかっているので、古いものだなと思うんですけれども、100年とか、経っている風には見えないですね。」
「もう200年近いですね。うちの資料は、みんな専用の箱に入って、和紙が特別な和紙で書いてあるので、今も虫が食わないで、いろんな文書が調べられるわけです。」
「あの藍染とおっしゃいましたが、青い色がとっても鮮やかなんですが、これもやはり意味が?」
「防虫の効果があるんですね。」
「そうしますと、ここに保管されているものですが、たまたま重要みたいだから、とって置こうと思ったのではなくて?」
「後世のために、将来のために、この記録を残さなくてはならない。それにはどうしたらいいだろうということを考えて、こういうものを作っていたわけです。この蔵も含めてですけど。そうすれば、資料というものが紛失しない、後世のためにきっと役に立つぞということで計算されて作られています。」
「まさにご先祖様が後々のことを、考えてくださったということですね。あの、かび臭い臭いもあんまりしないですね。蔵というと、そういうイメージがあるんですが。」
「かび臭いというより、書物の方の匂いが。」
「図書館の匂いに近いですね。」
「そうですね。こちらに、分類調査された三千点ぐらいの資料が、いっぱい入っているんです。」
「最近貼られた分類表みたいなものが、ついていますね。」
「そうですね、これが」
「茶箱のような・・・」
「茶箱をちょうど手に入れることができました。これからもなるべくいい状態で保管したいので、だったら茶箱に入れたほうがいいかなと思いました。いろいろな防虫剤もやるのですが、茶箱の中に入れてあります。そして、中性紙の袋に入れて、番号を全部つけております。」
「これはすでに調査を行った資料・・・」
「終わった資料です。こっちはしてない。こういった感じで、何十冊で、一個の番号なのです。」
「かなり冊数ありますね。」
「こういったものが色々あります。大福帳や仕切帳など色々。何冊ものものが、何年分ということで綴じてあり、それに番号がひとつ付いております。本もシリーズで、例えば、大日本史が20冊だったらそれで一つの番号です。点数でしたらもっともっとたくさんの点数になりますね。」
 特に要望して大福帳や仕切帳を見せてもらうよう頼んでみました。後で箱の中に戻すのが大変で申し訳なく思いました。
大福帳は今でいう売掛台帳です。丸がついたのは回収した証拠だと思います。
仕切帳とは、今でいう仕入台帳だと思われます。
「蓋にいろいろ書いてあるのですが。」
「そうです。箱の蓋の裏のところに、これは大福帳4年分(=4冊分)、永代帳1冊分、仕切帳1冊分、合わせて6冊入っていますよ。弘化(こうか)4年(1848年)に、ここに箱を作って入れました。これは、守亮(もりあき)がした。この守亮(もりあき)って人が、安政の地震にあったり、黒船見物に行った人なんです。この人が、すぐにわかるようにしたのです。箱の中にも箱書きがしてあるので、いろいろなことが日記と照らし合わせると、この文書がなんだというのが、わかりやすくなっております。」
「これも、やはり後から調べたい時に、すぐわかるようにと、考えて下さったわけですね。・・・とても懐かしい香りですね。なんかこの建物の中、全体が」
「普通は三階まで上げないんですね。一階までしか。というのは、さすがに時代を経て、少し柱がねじれているような気が・・・。なので、上にはあまり上げないようにしているので。それで、一階だけ展示しております。」
「じゃあ、普段は一階のみ、見学可能ということですね。」
安政大地震の時の日記が事細かく記載されております。
ペリー来航の時の記録がいくつも残っています。
黒船の来た時の絵が墨で描かれております。紙がすごく薄いです。
 「そうですね」
 「大きな葛籠(つづら)があったり、箱があったり、貴重な資料が、みんな詰まっているわけですね。」
 「そうです。みんなタイムカプセルみたいになってます。全部が昔のものです。」
昔の貨幣を数えるのに便利なように工夫して造った道具です。つい最近までこれと似たものが銀行でも使われていました。
顕微鏡を出していただきました。この当時、顕微鏡があったのが驚きです。
ダチョウの殻で作った物です。ダチョウを飼っていたとのことです。
4. 文書蔵の二階へ
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7.『木屋江戸資料館』の感想
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税理士法人森田いそべ会計
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TEL.054-364-0891
代表 森田行泰
税理士
社員 磯部和明
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■日本公認会計士協会所属
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