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 6.旅館だった時の『水口屋』
(清水歴史探訪より)
 展示室の奥には、水口屋にとって重要なものが展示されています。
 「こちらのほうは、この一番奥まったところは、お女中さんの控え部屋だったと聞いています。かなりの人数の方がいたとみえまして、広いですね。この看板は水口屋では一番命だった看板ですね。」
 「『海水旅館』と書いてありますね。」
「海水浴のお客様が多かったことから、『海水旅館』。また、この一碧楼(いっぺきろう)というのは、水口屋のお庭から見た、駿河湾と空の色の区別がなく青いということで一碧楼という名がついておりました。晴れた日には、本当に空と駿河湾、それが区別なく青かったですね。」
 「今こちらの客室だったところの建物というのは・・・。」
 「ほとんどなくなってしまいまして、天皇陛下がお泊りになりました御幸の間というのは、温存しているとは聞いています。お庭のほうは、そのまんま。あとこの前庭もそのまま。
 
 昔は、こう何か迷路のようになっていたみたいですね、廊下が。なので、西園寺公が移り住んできて、『西園寺詣で』・『興津詣で』が始まりましても、お部屋がこう点在していて個室になっておりました。だから、要人の方も安心して泊まっていられました。
 治安の方も、海の方にも逃げやすい、またこちらのほうにも逃げやすいというようになっていたそうであります。
西園寺さんも、2.26事件に巻き込まれそうになったこともあります。まだ治安もそんなによくなかった時代ですから、そんなことも考えたのかな、という感じですね。」
「要人も泊まるような時代があって、その後一般の方がこちらのほうにお泊りになった時代もあったんですね。」
 「あります。だんだん海水浴のお客様が少なくなりますと、旧清水市の各企業さんの宴会とか、またその方たちがお泊まるようになった時代。また、この地元の方は、結婚式なんかに使われていたみたいですね。うち、年寄りがいるんですけど、そのおじいさんに言わせると、『東京のお大臣が泊まるような(ところで)、俺たちが泊まれるような旅館じゃなかった』と言っておりましたね。」
 「はい。これはもう、泊まった方にとっては思い出ですね。」
 「そうです。たまにいらっしゃいます。昔、『奥に入ったことがある』というお客様が懐かしんで来ていただくということもございます。」
 江戸時代は、脇本陣として宿場を支え、明治維新後は政治の舞台ともなり、戦後は占領軍の心もほぐした水口屋。天皇を始め、皇族も足を運んだ風光明媚な宿は、今ギャラリーとなって興津の歴史を伝えています。
 
写真は、水口屋の庭で行ったロータリークラブの宴会。
 お話は、『水口屋ギャラリー』・ガイドの望月裕見子さんでした。
 
 『水口屋ギャラリー』は、フェルケール博物館の別館として無料で一般公開されています。開館時間は、午前10時~午後4時までで、月曜日と年末年始はお休みです。
 
清水歴史探訪~~清水歴史探訪~~清水歴史探訪~~
 
 お相手は、石井秀幸でした。
 
 この番組は、JR清水駅近くさつき通り沿いの税理士法人いそべ会計がお送りしました。税理士法人いそべ会計について、詳しくはホームページをご覧ください
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税理士法人いそべ会計
〒424-0816
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TEL.054-364-0891
代表 磯部和明
公認会計士・税理士
代表 森田行泰
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■東海税理士会所属
■日本公認会計士協会所属
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